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東京地方裁判所 平成4年(ワ)12310号 判決 1996年2月21日

主文

一  被告フェデコ株式会社は、原告に対し、金二〇億円及びこれに対する平成三年八月二七日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告フェデコ株式会社、被告石塚雅人は、原告に対し、各自金二二億六〇六五万七〇八〇円及び内金一九億八七四五万一六〇一円に対する平成四年四月一七日から支払済みまで年一八パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告の被告岡本政一に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告フェデコ株式会社、被告石塚雅人との間に生じたものについては同被告らの負担とし、原告と被告岡本政一との間に生じたものについては原告の負担とする。

五  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1、2(一)、3(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠略》によれば、生泉興産及びティー・ディー・エスから原告に対し、本件各貸金債権が譲渡され、各債権譲渡通知が原告主張の日に被告フェデコに到達したことが認められる(各債権譲渡通知が被告フェデコに到達したことは、原告と被告フェデコ及び被告岡本との間では争いがない。)。

三  弁論の全趣旨によれば、被告フェデコが原告に対し合計一二五四万八三九九円の預金債権を有していること及び相殺通知書が被告フェデコに到達したことが認められる(右事実は、原告と被告フェデコ及び被告岡本との間では争いがない。)。

四  抗弁1(質権実行による消滅)について

1  被告らは、生泉興産の被告フェデコに対する本件貸金債権(一)を担保するため本件通知預金に質権が設定され、また、ティー・ディー・エスの被告フェデコに対する本件貸金債権(二)及び借換後の貸金債権(二)を担保するため本件定期預金に質権が設定され、原告はこれを承諾した旨主張し、これに沿う証拠として、被告フェデコが生泉興産に対して差し入れた平成元年一二月八日付の約定書に基づいて現在負担し将来負担する一切の債務の担保として本件通知預金の上に質権を設定したことについて、質権者の生泉興産及び質権設定者の被告フェデコが原告に承諾を依頼し、原告が東京営業部取締役部長門田三郎名義により平成三年二月二八日付で右質権設定を承諾する旨記載された甲七、被告フェデコがティー・ディー・エスに対して現在及び将来負担する一切の債務の担保として本件定期預金の上に質権を設定したことについて、質権者のティー・ディー・エス及び質権設定者の被告フェデコが原告に承諾を依頼し、原告が東京営業部取締役部長門田三郎名義により平成三年一月二五日付で右質権設定を承諾する旨記載された甲一七が存在し、右各書証の東京営業部長印が原告の印影により顕出されたものであることは当事者間に争いがない。また、本件貸金(二)の借換えの際にティー・ディー・エスに対し甲一七と同様の質権設定承諾依頼書兼承諾書が交付されたことは、後記五1(七)に認定するとおりである。

しかしながら、《証拠略》によれば、甲七、甲一七のうち、原告東京営業部取締役部長門田三郎作成名義の質権設定承諾書の部分、本件貸金(二)の借換えの際にティー・ディー・エスに交付された質権設定承諾依頼書兼承諾書の部分は、原告の東京営業部において、質権設定を承諾する権限は営業部長の専権事項であるにもかかわらず、外山が、右門田の承諾を得ないで、同人の職印を自ら押捺し、東京営業部長の丸印を情を知らない当時の業務担当役席者に押捺させて偽造したものであることが認められる。

右のとおり、甲七、甲一七、本件貸金(二)の借換えの際に交付された質権設定承諾依頼書兼承諾書の各質権設定承諾書の部分は、原告の東京営業部長印が押捺されているものの真正に成立したものとはいえず、他に本件各預金への質権設定について原告が承諾したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告フェデコと生泉興産及びティー・ディー・エスとの間で被告フェデコの本件各貸金債権を担保するため本件各預金に質権を設定する旨の合意がなされたものとしても、被告フェデコらは右質権設定をもって原告に対抗することはできないものというべきである。

2  被告らは、外山がした本件各預金への質権設定についての承諾の意思表示につき、原告は民法一〇九条による表見責任を負う旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、原告東京営業部取締役部長門田が外山と当時池袋にあった被告フェデコ(当時松涛物産株式会社)の本社を訪問したのは、平成二年の八月ころの一回だけであること、その際、門田は被告フェデコの代表取締役であった被告石塚や常務取締役であった迫田等とは会ったが、もう一人の代表取締役である被告岡本には会っていないこと、また、訪問の趣旨はあくまでも表敬訪問という意味しかなく、「すべては外山に任せてある。」などという発言をしたことはないことが認められ、門田が被告フェデコ本社を訪問した際に同人の職務権限事項について外山に委任した旨被告フェデコに対し表示したとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、その余の点を判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

五  抗弁2(預金債権との相殺)について

1  当事者間に争いのない事実に《証拠略》を併せると、次の事実が認められる。

(一)  生泉興産は、平成元年一二月八日、被告フェデコ(当時松涛物産株式会社)との間で証書貸付、手形貸付等に関する取引約定を締結し、損害金を年一四パーセント(年三六五日の日割計算)とするなどの約定で継続的融資取引を開始した。

(二)  被告フェデコの代表者石塚は、平成元年一一月ころ、白石勝宗の紹介で原告麹町支店に勤務していた外山と知り合い、その際、被告石塚は個人で両親名義の不動産を担保に右麹町支店から六〇〇〇万円を借り入れた。外山は同支店において外山銘柄と称するグループを形成し、これに参加する白石勝宗の父が経営していたいわゆる白石グループの会社(平成二年一二月に右父の死亡後は白石勝宗が経営を継承)を含む十数社の会社等の資金繰りについて各会社等の借入金を相互に融通するなどの方法により面倒を見ていた。平成二年四月に外山は、原告麹町支店から原告東京営業部へ転職となったが、外山グループはその後も存続していた。

同年八月ころ、外山から今後被告フェデコを応援していくから、取りあえず原告東京営業部から一億円借りて欲しいとの話があり、右石塚はこれを承諾し、そこで、同月一三日、外山により、原告東京営業部に被告フェデコ名義の普通預金口座(口座番号《略》)が開設され、右石塚は、被告フェデコが今後外山グループに加わり世話を受けることになるということから、外山に言われるまま、右口座の通帳を外山に預け、管理してもらうことになった。同月一七日、原告東京営業部から被告フェデコに一億円が融資され、同金額が右普通預金口座に入金された。

(三)  平成二年一二月一三日ころ、被告石塚は、外山から、ノンバンクに対し、借入金をそのまま原告東京営業部に預金し、右借入金債務を担保するため右預金に質権を設定するということで融資を申し込むが、実際は原告東京営業部において被告フェデコ名義の預金に質権設定の登録手続をせず、質権設定承諾手続もとらずに原告東京営業部長名義の質権設定承諾書を偽造して、これを預金証書や通帳とともにノンバンクに渡し、正式に質権設定手続がとられたように装い、このようにして実際は担保に差し入れた形にしている預金をすぐに解約して被告フェデコ名義の普通預金口座に振り替えて資金を捻出するという手口を教えられた。被告フェデコの代表取締役として同被告の資金繰りに窺していた被告石塚は、自分も資金が必要なときは右手口で資金を作って欲しい旨外山に依頼した。

(四)  平成三年一月二二日ころ、外山は、被告フェデコのために、ティー・ディー・エスの融資営業部部長代理佐藤精一(以下「佐藤部長代理」という。)に電話を掛け、被告フェデコで融資を受けた金員を原告東京営業部で預金として受け入れ、ティー・ディー・エスからの借入金債務を担保するため右預金に質権を設定する旨申し向け、右質権設定により返済期日には借入金を確実に返済できるかのように装って、被告フェデコへの二〇億円の融資を申し込み、同月二三日ころ右佐藤部長代理から右融資について承諾を得た。

同月二四日ころ、ティー・ディー・エスの佐藤部長代理が、当時池袋にあった被告フェデコの本社を訪問し、被告石塚や被告フェデコの常務取締役であった迫田恭史(以下「迫田」という。)と面会した。その際、被告石塚は、借入金を原告東京営業部に預金し、右借入金債務を担保するため右預金に質権を設定するかのように装って、取引基本約定書、借入申込書に被告石塚の名前を記入する等して融資の申込みをした。

同月二五日、被告石塚は、迫田を手続のため原告東京営業部に行かせた。外山は、右迫田と佐藤部長代理を三階の応接室に通した後、佐藤部長代理から渡された質権設定承諾依頼書兼承諾書用紙二通を持って一階に下り、これに原告東京営業部取締役部長門田三郎の記名印を自ら押捺し、さらに検印席に持って行って、そこに座っていた役席者に東京営業部長の職印(丸印)を押捺させて、質権設定承諾書を偽造し、これを持って三階の応接室に戻った。外山は、ティー・ディー・エスから、原告東京営業部の被告フェデコ名義の別段預金に二〇億円から利息を天引きした額の一九億六七七八万〇八二二円が送金されていることを確認した後、被告フェデコ名義の二〇億円の定期預金通帳の口座番号を質権設定承諾依頼書兼承諾書の証書番号欄に記入して、その質権設定承諾書が真正に作成されたものであるかのように装い、そのうちの一通と右定期預金通帳及び定期預金払戻請求書を佐藤部長代理に渡した。そして、右別段預金に送金された金額が被告フェデコ名義の普通預金口座に振替入金され、さらに、右普通預金口座から二〇億円が同被告名義の定期預金に振替入金された。

同月二八日、被告石塚は、外山に電話を掛け、三億三二〇〇万円を被告フェデコの住友銀行溜池支店の口座に振り込んで欲しい旨話した。被告石塚は秘書の一人に原告東京営業部に被告フェデコの記名印と代表者印を持って行かせた。外山は、右秘書に普通預金払戻請求書用紙三枚に押捺させ、同月二五日に迫田から受け取っていた被告フェデコの記名印と代表者印を押捺した定期預金払戻請求書用紙を使用し、ティー・ディー・エスに担保として差し入れた形にしてあった二〇億円の定期預金を無通帳で解約し、金利を合わせた解約金二〇億〇〇二七万三五三五円を払い戻して被告フェデコ名義の普通預金口座に振り替えた。

被告フェデコは、本件の場合と同様預金担保を装って(偽造の質権設定承諾書を使用)、平成二年一二月二五日にオリックス株式会社(以下「オリックス」という。)から一八億円を、平成三年一月一八日に生泉興産から二〇億円を借り入れ、これらを被告フェデコ名義の通知預金等とし、その預金を直ちに解約して被告フェデコ名義の普通預金口座に入金処理し、被告フェデコの代表者被告石塚の指示ないし了解の下に、これを被告フェデコの運転資金や外山グループに参加している会社等への融資金として使用していたところ、生泉興産からの借入れの二〇億円の返済期限は同年一月三一日であった。右ティー・ディー・エスからの二〇億円の借入れは、本来、生泉興産からの右二〇億円の返済資金を作るためのものであったが、外山は被告フェデコの代表者被告石塚の右要望に従い、被告フェデコ名義の普通預金口座から三億三二〇〇万〇七二一円を払い戻し、三億三二〇〇万円を被告フェデコの住友銀行溜池支店の口座に振り込んだ。また、外山は、右普通預金口座から三億一五〇〇万円を引き出し、これを外山グループの白石勝宗経営の益宮商事株式会社の預金口座に運転資金として振り込み、右各引き出しについては事後に被告フェデコの代表者石塚の了解を得た。このようなことから、同月三一日に生泉興産に返済すべき二〇億円の資金に不足を来すことになったが、外山は、外山グループの一員である株式会社リビングワン(以下「リビングワン」という。)が本件の場合と同様に預金担保を装ってティー・ディー・エスから融資を受ける一〇億円のうちから四億円を被告フェデコ名義の普通預金口座に入金処理して二〇億円を作り、生泉興産からの右二〇億円の借入金の返済手続を行い、その旨を右石塚に報告した。さらに、外山は、右石塚の了解の下に、その後も、被告フェデコ名義の普通預金口座から預金を引き出して白石勝宗経営の各会社等の運転資金ないし借入金の返済資金等に使用した。

(五)  被告石塚は、同年二月二五日ころ、被告フェデコの会長室から生泉興産の営業担当第二部長柴崎友光に電話を掛け、福島県相馬のゴルフ場の関係で残高証明が必要なので二〇億円を貸してもらいたい、担保は借入金を原告東京営業部に通知預金として預け入れ、右借入金債務を担保するため右預金に質権を設定するなどと申し向け、右質権の設定により返済期日には右借入金を確実に返済できるかのように装って、被告フェデコへの二〇億円の融資を申し込んだ。

同月二六日、右柴崎が、原告東京営業部に質権設定承諾の意思につき確認の電話をしたところ、応対に出た外山はいかにも原告東京営業部長が被告フェデコ名義の二〇億円の預金に質権を設定することにつき承諾しているかのように話をした。

同月二八日、外山は、予め当時原告東京営業部の部長代理であった高鹿惠介に被告フェデコ名義の通知預金証書を作成させた。そして、生泉興産から足利銀行新宿新都心支店を通じて、受取人同社(正しくは被告フェデコ)として、二〇億円から利息及び事務手続手数料を天引きした額の一九億七三九六万八四九四円が原告板橋地区センターに入金されたことを確認した後、前記(四)と同様の方法で通知預金質権設定承諾書を偽造し、これと通知預金証書を生泉興産財務第二課長横尾忠義に渡した。一旦右板橋地区センターに送金された金員はさらに原告東京営業部の被告フェデコ名義の別段預金に送金され、右別段預金から同被告名義の普通預金口座に振替入金された後、右普通預金口座から同被告名義の通知預金に振替入金された。

実際には、外山は、同日午前一一時三分被告フェデコ名義の普通預金口座から振込入金された形にして同被告名義の二〇億円の証書式通知預金を設定させ、午後二時五分に右一九億七三九六万八四九四円が別段預金へ振込入金された後、午後二時一七分に右通知預金二〇億円の解約手続をとり、午後二時二〇分に右板橋地区センターから送金された二〇億円を同被告名義の普通預金口座に入金処理し、午後三時四一分に右二〇億円を普通預金口座から通知預金に振替入金する手続をとった。右通知預金は、預入日当日、無証書で七日間の据置期間経過前に解約され、解約金二〇億円は原告東京営業部の被告フェデコ名義の普通預金口座に全額振込入金された。

そして、外山は、被告フェデコの代表者被告石塚の指示に従って、被告フェデコの普通預金口座から、同月二八日に一億七五四〇万一四四二円を被告フェデコの他銀行の預金口座に、同年三月四日に七億二〇〇〇万円を被告フェデコが買収した会社である国際土地開発株式会社の預金口座にそれぞれ振り込み、同月二五日に一八四一万〇五九八円を引き出す手続をとり、ティー・ディー・エスからの二〇億円の借入金の返済期日(同月二五日)を一か月延期してもらうことに伴う金利として支払い、また、外山は、被告フェデコの普通預金口座から預金を引き出し、これを右石塚の了解の下に外山グループに属する会社等の資金繰りのため使用した。なお、オリックスからの前記一八億円の借入金の返済期限も同月二五日であったが、オリックスは返済期限の延期を認めなかったので、外山と右石塚は相談の上、リビングワンが本件の場合と同様預金担保を装って借り入れる金員等を使用してその返済を行った。

(六)  同年三月中旬ころ、外山と被告石塚は、同月下旬に到来する前記(四)記載の金銭消費貸借の返済期限を延期することができないか相談した。外山がティー・ディー・エスの担当者と折衝して、返済を一か月延ばしてもらえることになったものの担保となる預金を切り替える必要が生じたが、担保となる預金を前記(四)記載のとおり解約して払い戻してしまっていることから、被告石塚が、外山に対し、どのようにして切替手続をするのか尋ねたところ、外山は預金担保の方は自分が何とか処理して手続をする旨答えた。そこで、被告石塚は、担保となる預金は中身がなくなっているが、外山が適当に内容のない預金証書等とこの預金証書等に対応する原告東京営業部長名義の質権設定承諾書を偽造して、これらを真正なものであるように装ってティー・ディー・エスの担当者に渡してくれるものと認識した。その後、外山は、被告石塚に電話を掛けて自分が麹町の審査部に転勤になった旨を伝えた。被告石塚は、ノンバンクの手続関係をどうするのかと心配して外山に尋ねたところ、外山は、事務の引継ぎのこともあるから東京営業部にも行くから大丈夫であると答えた。

(七)  同年三月二五日、被告石塚は迫田とともに原告東京営業部に行き、一階のロビーで外山と会い、一階の応接室に入った。外山は予め被告石塚と相談したとおりに手続を進めた。被告石塚と外山は共謀の上、外山においてその場に来ていたティー・ディー・エスの佐藤部長代理に対し、偽造した質権設定承諾書を真正に成立したものであるかのように装って渡すなどして前記(四)記載の二〇億円の借換手続を行った。

2(一)  右1記載のとおり、原告東京営業部に預け入れられた被告フェデコの本件各預金は、平成三年一月二五日に預け入れられた額面二〇億円の本件定期預金については同月二八日に、同年二月二八日に預け入れられた額面二〇億円の本件通知預金については同日に、被告フェデコの代表者被告石塚の意思に基づいて、外山がそれぞれ解約、払戻しの手続をとり、被告フェデコ名義の普通預金口座に入金処理され、右普通預金口座の預金は、右被告石塚の指示に従い、被告フェデコの資金として被告フェデコ名義の他銀行の預金口座や被告フェデコ関連の会社名義の預金口座に振り込まれ、あるいは、外山により右被告石塚の事前又は事後の了解の下にいわゆる外山グループに属する各会社等の資金繰りのため引き出されるなどして使用されたことが認められる。

被告石塚は、右解約、払戻しは被告フェデコの代表者被告石塚の意思に基づかないものであって、外山が右被告石塚に無断で行ったものである旨供述するも、前記1記載のとおり、被告フェデコがノンバンクに融資を申し込む際、被告石塚は、外山と共謀の上、借入金を原資とする預金を担保とするという名目で融資を受け正規の質権設定手続をとらずに預金をすぐに解約し、払い戻して資金を捻出するという意図を有していたことが認められるのであるから、解約、払戻しが被告石塚の意思に基づかないものであったという同被告の供述は合理性がなく、前記1掲記の各証拠に照らしてたやすく信用することはできない。また、外山作成名義の「詫び状」と題する書面には、被告フェデコの代表取締役であった被告石塚が、担保になっているはずの本件各預金が解約されていることを知ったのは、平成三年四月二五日であり、原告東京営業部に被告フェデコ名義の普通預金口座が存在することは知らなかった旨記載されているが、《証拠略》によれば、右書面は、被告石塚と外山とが相談の上、被告石塚が何も知らなかったと原告に対して主張するための証拠として虚偽の事実を記載して作成したものであることが認められる。

(二)  被告らは、右名預金の解約、払戻しが被告フェデコの代表者である被告石塚の意思に基づくものだとしても、原告は被告石塚が同人の個人的用途に費消する意図であることを知悉していた又は極めて容易に知り得べきであったから、民法九三条又は同条の類推適用により右各預金の解約ないし払戻しは無効である旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、被告フェデコは、昭和六二年六月ころ、被告石塚が設立した会社であり、当時は、被告石塚が株式の七〇パーセントを所有し、その両親が残りの三〇パーセントを所有していて、実質的には被告石塚が支配権を有しており、その事業資金の不足分もほとんどは被告石塚がどこかから調達してくる資金で賄われている状態であったこと、被告フェデコにおける入出金には石塚勘定と呼ばれるものが存在し、この勘定には、被告石塚が会社に持ってきたがその出所を明らかにしないもの、被告石塚が会社から金を持ち出したがその行き先を明らかにしないもの、被告石塚と行動をともにし、資金繰りで密接な関係にあった白石勝宗ないしその関連会社との間の入出金等が含まれていたこと、被告石塚は被告フェデコに入金するだけでなく、被告フェデコから資金を引き出しもしていたが、平成元年九月から平成三年六月末までの間に差引き合計一六億四七六七万円余りの資金を被告フェデコに入金し、これらが被告フェデコの資金として使用されてきたことが認められる。そして、前記(一)に説示したとおり、外山は、被告フェデコの代表者被告石塚の意思に基づき本件各預金を解約して原告東京営業部の被告フェデコ名義の普通預金口座に入金処理し、右被告石塚の指示に従い、右普通預金口座から被告フェデコ等に送金をし、また、右石塚の事前又は事後の了解を得て、いわゆる外山グループに属する会社等の資金繰りのため右預金を使用していたものであり、被告石塚が被告フェデコの実質的な支配者であり、その入出金についても絶大な権限を有していたことを考慮すると、被告石塚の本件各預金の解約、払戻し等についての指示、あるいは、被告フェデコの資金をいわゆる外山グループに属する会社等の資金繰りに使用することについての事前又は事後の了解が被告フェデコの代表者として権限を逸脱し又は濫用したものと認めることはできず、少なくとも外山が権限の逸脱・濫用であることを知っていたとか、これを知らないことにつき過失があったということはできない。

しかも、前記1に認定したとおり、被告フェデコの代表者被告石塚と外山は、共謀して、真実預金担保を設定する意思がないのにこれがあるかのように装ってノンバンクを欺いて不正に金員を借り入れ、この借入金を原資とする預金を直ちに解約してこれを被告フェデコやいわゆる外山グループに属する会社等の資金繰りに使用する意図をもって、ティー・ディー・エス及び生泉興産から本件貸金(一)、(二)の各貸付けを受けたものであり、したがって、被告フェデコの代表者は、当然のことながら、右貸付けを受けるについては、外山が原告から付与された権限外の不正行為を行っていることを認識していたものである。右の事実関係に照らしてみれば、仮に本件各預金の払戻しの一部について、被告石塚が個人的用途に費消する意図で代表者の権限を逸脱・濫用して行ったものと認められるものが存在し、これを外山が知っていたものとしても、このことをもって、原告が被告石塚の権限の逸脱・濫用を知っていたとか、これを知らなかったことにつき過失があるということはできないというべきである。

(三)  したがって、抗弁2は理由がない。

六  抗弁3(損害賠償請求権との相殺)について

前記五1、2(一)に記載したとおり、外山は、被告フェデコの代表者被告石塚の意思に基づき本件各預金を解約し、これを原告東京営業部の被告フェデコ名義の普通預金口座に入金処理し、右被告石塚の指示に従い、右普通預金口座から被告フェデコ等に送金をし、また、右被告石塚の事前又は事後の了解を得て、いわゆる外山グループに属する会社等の資金繰りのため右預金を使用していたものと認められるのであって、右認定に反し、外山は被告フェデコに無断で本件各預金の解約、払戻手続を行い、これを原告東京営業部の被告フェデコ名義の普通預金口座に入金処理し、外山が右普通預金口座の預金を勝手に引き出して個人的用途に費消したかのようにいう被告石塚本人の供述は前記五1掲記の各証拠に照らしてたやすく信用することができない。

また、前記五1、2(二)に記載したとおり、被告フェデコは本件貸金(一)、(二)の借入れ当時被告石塚が実質的に支配していた会社であり、その資金繰りはほとんど被告石塚が行うなど被告石塚は被告フェデコにおいて絶大な権限を有していたこと、被告石塚はいわゆる外山グループに属して資金を互いに融通し合うことが被告フェデコの利益に通じるものと考えていたことが認められるのであって、このことを考慮すれば、被告石塚の本件各預金の解約、払戻し等についての指示、あるいは、被告フェデコの資金をいわゆる外山グループに属する会社等の資金繰りに使用することについての事前又は事後の了解が、外山らの個人的な利益を図るため被告石塚において被告フェデコの代表者の権限を逸脱し又は濫用して不正になしたものと認めることもできない。

他に、本件各預金の解約、払戻し等が被告フェデコ及び被告岡本に対する不法行為を構成するとする事情を認めるに足りる証拠はなく、この点に関する被告らの主張は採用することができない。したがって、その余を判断するまでもなく、抗弁3は理由がない。

七  被告岡本の抗弁(被告岡本の連帯保証の錯誤による無効)について

1  《証拠略》によれば、被告フェデコのティー・ディー・エスからの借入れについて被告岡本が連帯保証するに至る経緯に関して、次の事実が認められる。

(一)  平成三年当時、被告フェデコの代表取締役は、被告石塚と被告岡本の二名であり、被告石塚は代表取締役会長で、被告岡本が代表取締役社長であり、借入関係の窓口は両被告が役割分担しており、ティー・ディー・エス、生泉興産の二社からの借入れについては被告石塚が窓口となっていた。

(二)  平成三年一月二四日、ティー・ディー・エスの佐藤部長代理が、当時池袋にあった被告フェデコの本社の社長室で、被告岡本と面談した。佐藤部長代理は、被告岡本に対し、手形貸付により二〇億円を貸し付けること、原告東京営業部に被告フェデコ名義で開設した口座にティー・ディー・エスが貸し付けた二〇億円をそのまま預け入れて、右貸金債権を担保するためその預金に対して質権を設定する旨話をした。佐藤部長代理から、右貸付けについて連帯保証人になって欲しいという申入れを受けたときに、被告岡本は、代表者二人とも個人保証する必要はないのではないかと返答したが、佐藤部長代理は、法人登記簿謄本で代表者は二人になっているのでお願いしたい、ティー・ディー・エスではそういうやり方だから是非お願いしたいと要望し、その際、佐藤部長代理は、預金に質権が設定されるから、被告岡本に連帯保証人となってもらうのは書類上の形式を整えるためにすぎない旨説明した。被告岡本は他のいわゆるノンバンクからの借入れでは窓口になっている代表者一人の手続ですべて済んでおり、ティー・ディー・エスからの借入れについては被告石塚が窓口となっていたので、自己が個人的に保証する必要はないと思ったが、右預金に質権が設定されることから右借入金の弁済資金は確保されており、自己が実際に連帯保証人としての責任を追及される心配はないと考え、ティー・ディー・エスの事務手続に協力することとして右佐藤部長代理の申入れを承諾した。

被告フェデコの右ティー・ディー・エスからの二〇億円(本件貸金(二)の借入れについては、両者間で取引基本約定が締結され、被告フェデコからティー・ディー・エスに対し二〇億円の手形が差し入れられた。被告岡本は、右佐藤部長代理の申入れに従い、右基本取引約定書の連帯保証人欄に署名、捺印した。

(三)  被告石塚は、外山に対し、原告に対する本件各預金を解約し、払い戻して使っている資金の流れについては、全部被告石塚がやっているので、他の役員には話さないようにと口止めし、前記五1(二)記載の原告東京営業部の被告フェデコ名義の普通預金口座の通帳については、被告岡本や被告フェデコの他の社員に見せないようにしていた。外山は、被告石塚の右指示に従い、被告岡本に対しては資金の流れを一切話さなかった。すなわち、外山は、被告石塚からノンバンクの都合により被告岡本にも保証人になってもらう旨の話を聞いていたが、被告フェデコが平成三年一月二五日ティー・ディー・エスから借りる本件貸金(二)につき、これを原告東京営業部に預金し、右借入金債務を担保するため右預金に質権を設定した形をとるが、原告の発行する質権設定承諾書は偽造のもので、右預金はすぐに解約して使う予定になっているということを被告岡本には伝えなかった。なお、本件貸金(二)の借換手続の際に質権設定承諾書を偽造したことについても被告岡本には伝えられなかった。

2  前記五1認定の事実によれば、被告フェデコとティー・ディー・エスとの間で証書貸付、手形貸付等に関する取引約定が締結されたのは、被告フェデコがティー・ディー・エスから質権設定承諾書を偽造するなどして本件貸金(二)を不正に借り入れるためであったと認められる。そして、右七1の事実によれば、被告岡本が、被告フェデコが平成三年一月二五日にティー・ディー・エスから本件貸金(二)を借り入れる際、同日付取引基本約定書の連帯保証人欄に署名、捺印したのは、借り入れる本件貸金(二)の金員を額面どおりそのまま原告の東京営業部に預金し、これに質権が設定されることから、右借入金の弁済資金は確保されており、実際に保証人としての責任を追及されることはないと考え、質権設定承諾書を偽造するなどして不正な借入れが行われるなど予想もしなかったからであり、被告石塚と外山が共謀して、原告名義の質権設定承諾書を偽造し不正な借入れをして資金を捻出するために利用されるということが分かっていれば、被告岡本は、右取引約定につき連帯保証する意思はなかったものと認められる。

また、ティー・ディー・エスの佐藤部長代理も、前記五1(四)記載のとおり、外山と被告石塚により、借り入れる本件貸金(二)の金員をそのまま原告の東京営業部に預金し、これに質権を設定するので確実に本件貸金債権(二)を回収できるとの趣旨の話を聞き、これを信じて右融資を実行したものであり、被告岡本に連帯保証するよう要望した際、右預金に質権が設定され確実な担保があるから、連帯保証は形式上の問題にすぎない旨説明しているのであるから、右取引約定に基づく借入れについては、借入金を全額預金し、その預金に質権が設定されるという、被告岡本の連帯保証をするに至った動機は、被告岡本とティー・ディー・エスとの間の連帯保証契約締結に至る過程でティー・ディー・エスに対し表示されていたものと認めるのが相当である。

したがって、被告岡本は右取引約定に基づく借入れについては同額の預金担保が設定されるものであり、質権設定承諾書を偽造して不正な借入れをするのに利用されるようなことはないとの前提で、右動機をティー・ディー・エスに表示の上、これを要素としてティー・ディー・エスと連帯保証契約を締結したものというべきところ、外山が本件貸金(二)及び借換後の貸金(二)を担保する趣旨でティー・ディー・エスに交付した質権設定承諾書が偽造のものであり、ティー・ディー・エスが原告に対し質権をもって対抗することができないことは、前記四で説示したとおりであるから、右意思表示には要素の錯誤があり、無効というべきである。

八  以上によれば、原告の本件請求のうち、被告フェデコ及び被告石塚に対する請求はいずれも理由があるから、これを認容し、被告岡本に対する請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 青柳 馨 裁判官 山田陽三 裁判官 廣瀬典子)

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